スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Gears of Warがリアルな理由 

Gears of Warの感想で、部下への指示が三種類だけで存在理由が薄い気がすると書いた
だが良く考えてみると簡素で細かい指示のできないGears of Warの命令はリアルな空気を作る一つの要素なのかもしれないと思った
たしかに考えてみれば当然だ
作品の舞台は常に敵の弾が頭上を飛び交う戦場であり、冷静に作戦を考えることのできる前線基地ではない


Gears of Warはリアルさを追求したゲームだ
それは映像のリアルさもあるが、それ以上にプレイヤーが操作できる状態にあるときにリアリティを感じさせる工夫が多い

ゲームは違うがwiiのバーチャルコンソールで星のカービー夢の泉の物語をプレイした
カービーの楽しさは色々あるが、一つによく反応してよく動くことがある
ダメージを受ければカービーの状態を表す部分に「いて」っと表示され、ゴールした時のボーナスジャンプで境目ギリギリのときは足をばたつかせてよじ登る
良いゲームというのは、このように一回では気づかないかもしれない、省略してしまうかもしれない細かいところをちゃんと変化、反応させるよう出来ている
よく動きよく反応すればそれだけプレイヤーはゲームに対して何か感じるのだ
Gears of Warもよく反応する
敵と撃ち合っている時、敵の頭を上手く打ち抜いた時、リロードがうまくいった時、、、
そうやって自分が操作していること、そしてそれで得た結果に「反応」があるとやはり気分も上がっているしリアリテというか戦場っぽさを自分は感じた

ゲームにリアリティを持たせるものは綺麗なムービーではない、大切なのは細かな反応なのだ
逆に綺麗なムービーを流してしまうからこそ、その作品の世界がゲームっぽく感じてしまうことの原因になることもあると思う
たとえばムービーシーンではカッコよくジャンプして華麗な技で敵を倒す主人公
だが実際の操作ではジャンプはできないし華麗な技もない
そうなるとその細かいギャップがリアルさをなくしゲームをゲームっぽくしているのではないか
その点Gears of Warはそのようなギャップはほとんど感じなかった


ゲームっぽいゲームが悪いとは言わない、自分は好きなほうだ
だが、もし表現能力の上がった次世代機で映画的なリアルなゲームを作るとしたら
Gears of Warはかなり完成されたゲームであり、これから同じ方向で作成されるゲームの一つの目標となる
そういうゲームだ

スポンサーサイト

Gears of War 

まずXBOX360をネットに繋いでいるかどうかで評価が違ってくる

ネットに繋いでない場合は第一にボリューム不足を感じた
一番簡単な難易度でプレイして、気がついたら終わっていたという感じだった、それだけ熱中したともいえるが
難易度設定は3段階あり、3回繰り返すなら短すぎることもない、3回なら繰り返して遊んでも飽きない楽しさはある

難易度は簡単ではないがリトライポイントは細かく設定されている
自分とAI三体で行動し、AIには指示が出せる
だが出せると言っても、集合攻撃攻撃中止の三種類のみであまり意味があるようには思えない
一番下の難易度では自分はとくに指示は使わなかった

XBOX360をネットに繋いでいると、ストーリーモードをフレンドと協力してプレイできる、これは楽しい
この場合は自分とフレンドとAI二体でのプレイとなるが、やはり一人でのプレイより難易度がかなり下がる印象


Gears of Warの特徴としてカバーアクションというのがある
カバーアクションとは遮蔽物に隠れるアクションで、ここから隠れた状態から顔をだして敵を狙ったり顔を出さず銃だけを外に出しての射撃などと色々と派生する
照準が常に画面中央に表示されておらず、照準を表示させると移動が遅くなってしまうGears of Warでは、移動しながら応戦という場面は少ない
移動しながら応戦というのも可能だが、それよりもカバーアクションで物陰に隠れ、撃って隠れて移動してのほうが簡単だしカッコイイ

この撃って隠れて移動して戦い、敵も同じく撃って隠れて移動してで応戦してくるこのプロセス
主人公達の掛け合い、身を屈めて走る時のカメラワーク
これらの演出で「映像が綺麗だからリアルである」というものとは違ったリアルさというか戦場っぽさのようなものを感じることができる
もちろん映像も問題なく綺麗ではある


オンライン対戦は最大4対4で対戦する
現在主流のルールは単純に相手チームを全員倒すルール
ボイスチャット対応だが現在主なプレイヤー層は外人なので英語が分からないとあまり意味はない、すくないが日本人プレイヤーもいるが
主人公は致命傷以外は自然回復するのだが、オンラインだと双方がそういう状態なのでカバーアクションの存在が薄くなる
遮蔽物に隠れながら撃ち合っても回復してしまって決着がつかないからか、必然的に近距離でのショットガンや遠距離からのライフルでの「必殺」が決め手になる
オンライン対戦は楽しいがGears of Warらしさのようなものが薄れてしまう感じなのが残念
最大8人対戦というのも一人が占めるチームの戦闘力の割合が大きいので、勝敗の流れが他のゲームの16人対戦より一方的になることも多い



まとめ
ネットに繋ぐか否かで楽しめる範囲が違う、オンライン対戦はオマケ程度だが
映像だけではない雰囲気としてのリアルな空間がそこにある
英語ができるか日本人のXBOX360フレンドが既にいるならオンラインでの協力プレイは楽しい

感想終わり。

ひぐらしのなく頃にの謎は推理不可能だったのか 

正解率1%というキャッチコピーで売り出されたひぐらしのなく頃に
既に物語りは完結し、謎は全て説明された
謎は正解率1%と煽る通り難解だったわけだが、人によっては推理不可能だと言い出す人もいる
難解や困難と不可能は意味が違うわけで
ひぐらしのなく頃にの謎は解き明かすことが困難だったのか、それとも不可能だったのか
自分は謎を推理することは出来なかったが、不可能だったと責任を押し付けて逃げることはしたくないと思う


そもそもなぜ不可能だと思う人がいるのか、その理由になると思われるところの心当たりは分かる

まず初めに雛見沢症候群という謎に大きくかかわってくる部分、これが推理不可能だったと言われるところ
だが寄生虫、風土病という発想はなくても薬物の可能性は皆一度は疑った可能性の一つだ
未知の薬物は受け入れられても未知のウイルスは受け入れられない、そんなことはわがままだろう
寄生虫の影響というのも簡単に説明すれば感情の振れ幅を大きくするだけのもの
寄生虫の影響で歪められてプレイヤーに伝えられる情報も、幻覚や幻聴と考えることができれば薬物や寄生虫の可能性を疑う材料になるわけで

梨花のループも推理可能だったと思うし寄生虫よりも簡単に推理できたはずだ
たしかの現実に起こりえることでは決してない、推理するときに考える選択肢が現実のフィルターを通した選択肢のみだと絶対に推理できない
だがこれも、複数の角度から大きな同じ事件を見て、重ね合わせて神の視点で推理する
という現実ではこれも決してできないことをしている時点で、現実というフィルターは外さなければいけなかったのではないか


話は変わるが梨花のループの説明を聞いたときやられたなと思った、いい意味で
ever17でも使われたビジュアルノベルを多くプレイしている人間には当たり前の疑問に思わないところを謎として使われたと思うと、なんだか負けたのに気持ちがいい、そんな感じだ



で、何でこんな困難か不可能かなんて話をするかと言えばひぐらしとは関係なく
いや、ひぐらしのなく頃にが好きだという理由もあるが
一番言いたいのは難しいくて出来ないことをゲームのせいにして逃げるのはカッコよくないと、そういうことなのだ
少なくとも今の新しいゲームで難しいと言えるゲームなんて出会うことが難しい、そこまでは言いすぎかもしれないが
クリアできない理由を技術不足の自分の中に求めることができない人間は成長できない

ビジュアルノベルやRPGなんかの気合を入れないでも出来るゲームや、アクションなんかも昔よりだいぶマイルドになった
それでも挑戦することを忘れずにゲームをプレイしていきたい、猪木の道じゃないけれど

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。