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カドゥケウスZをプレイして思ったこと 

カドゥケウスをプレイしての感想の蛇足、それとゲームについて思ったとこを色々と



最初にカドゥケウス、ゲームらしいゲームだ
NDSの強さや脳トレブーム、NDSの考えを発展させたwiiの順調なスタート
ゲームは変わった、終わったと嘆く人もいる、だがそうだと決め付けてゲームから離れてしまうのはまだ早い
目立ちはしないが、ゲームらしいゲームは確実に存在する
本編をクリアするだけでも一苦労、ハイスコアなどを目指さなくても歯応え十分
カドゥケウスはそういうゲームだ
ファイナルファンタジーのような綺麗で豪華なものがゲームらしいゲームと思うのなら、それとは違うけれど



カドゥケウスはリアリティがないと言う人がいる
外科医の主人公は魔法のほうに時間の流れを遅れさせ
その主人公が手術をする患者はギルスという未知の病気、寄生虫に蝕まれている
リアリティはない、自分もそう思う
だがそれは必要な、カドゥケウスが面白いと思うに必要なことだろうか

では想像してみよう、リアリティ溢れる医療現場手術ゲームを
まず手術をするには医者でなくてはダメだ、なので最初は知識を得るために勉強から始めないといけない
面倒くさいと思ってもこれは必要なことだ、習うより慣れろの気持ちで手術できるほど人の命は軽くない
手術は簡単な盲腸の手術から何時間もかかる大手術まで様々だ
省略してもいい手順はない、主人公の汗にも気を使い、看護士に汗を拭くように指示しながらリアルでは自分の汗は自分で拭く
大手術も最初から出来るわけではない、つまらなくても盲腸などの簡単な手術を何度も経験してからになる
失った命は戻ってこない、光のようなスピードで常にオートセーブだ

極端な話だがつまりはこういうことだ
さて、もしカドゥケウスがリアリティを追求していたら、ゲームとして楽しいものだったろうか
自分は勉強は好きではないので、手術を始める前のちょっとの説明で何をすればいいのか分かるカドゥケウスがいい
簡単な手術は数回で満足、色々な手術を手軽に楽しみたい
でもリアルに何時間も汗を流しながらの手術はカンベン、さくっと少しの時間で終わりたい
一度クリアした手術は何度も繰り返して、前の手術より、さらに完璧な手術にしたい

たしかにリアリティがゲームの面白さに繋がってくるゲームもある
だがカドゥケウスにリアリティを持ち込むと面倒なことばかりが増えてしまう気がするわけで
なんちゃって手術アクションかもしれないが、ゲームとしてはそちらが面白い


ゲームに演出はどうでもいいとは言わない
鈴木爆発のようにシュールに訳も分からず爆弾を解体しても、それはそれで面白いが
てか、なぜ鈴木爆発を思い出したかといえば、カドゥケウスのステージでメスとピンセットとレーザーで爆弾を解体するステージがあったのだけど
そのステージをプレイして鈴木爆発を思い出し、無性にwiiでプレイしたくなってきた
たぶん患者が爆弾に変わるだけで、やってることはカドゥケウスとあまり変わらないと思う、実際そうだし
でもプレイしてみたい、爆弾をもっと解体してみたいのだ
このようにシチュエーションが違うだけで凄くプレイしたくなってくる、演出とは大切だ

しかしカドゥケウスに一番大切なのは、演出も大切だが一番はストレスなくリトライできるか、これに尽きる
そこは製作スタッフもちゃんと分かっているようで、リトライは楽だし、ボイスなどの演出も過度に使用せずにピンポイントで使ってくるだけ
これが無駄に演出に凝ってボイスはフルボイスでスキップできないなんてことをしたら、もう最悪
せっかく集中して手術という芸術作品を創っているところをボイスなんがで中断されたりしたらもうブチ切れものだ、天才外科医の気分が台無しである
ぶっちゃけスコアラーはハイスコアさえ出せれば演出がどうだろうと一人で勝手に盛り上がるのだ、過剰な演出などいらない
実際5分や10分程度の制限時間だが、それでもやり終えたときは気持ちが疲れきってしまう、本当に人の生死がかかわっているわけでもないのに

いや演出も大切なんですけどね
それぞれのゲームのよいところを引き出す演出なら大歓迎だ、逆に良いところを潰してしまう過剰演出はいらない

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