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ひぐらしのなく頃にの謎は推理不可能だったのか 

正解率1%というキャッチコピーで売り出されたひぐらしのなく頃に
既に物語りは完結し、謎は全て説明された
謎は正解率1%と煽る通り難解だったわけだが、人によっては推理不可能だと言い出す人もいる
難解や困難と不可能は意味が違うわけで
ひぐらしのなく頃にの謎は解き明かすことが困難だったのか、それとも不可能だったのか
自分は謎を推理することは出来なかったが、不可能だったと責任を押し付けて逃げることはしたくないと思う


そもそもなぜ不可能だと思う人がいるのか、その理由になると思われるところの心当たりは分かる

まず初めに雛見沢症候群という謎に大きくかかわってくる部分、これが推理不可能だったと言われるところ
だが寄生虫、風土病という発想はなくても薬物の可能性は皆一度は疑った可能性の一つだ
未知の薬物は受け入れられても未知のウイルスは受け入れられない、そんなことはわがままだろう
寄生虫の影響というのも簡単に説明すれば感情の振れ幅を大きくするだけのもの
寄生虫の影響で歪められてプレイヤーに伝えられる情報も、幻覚や幻聴と考えることができれば薬物や寄生虫の可能性を疑う材料になるわけで

梨花のループも推理可能だったと思うし寄生虫よりも簡単に推理できたはずだ
たしかの現実に起こりえることでは決してない、推理するときに考える選択肢が現実のフィルターを通した選択肢のみだと絶対に推理できない
だがこれも、複数の角度から大きな同じ事件を見て、重ね合わせて神の視点で推理する
という現実ではこれも決してできないことをしている時点で、現実というフィルターは外さなければいけなかったのではないか


話は変わるが梨花のループの説明を聞いたときやられたなと思った、いい意味で
ever17でも使われたビジュアルノベルを多くプレイしている人間には当たり前の疑問に思わないところを謎として使われたと思うと、なんだか負けたのに気持ちがいい、そんな感じだ



で、何でこんな困難か不可能かなんて話をするかと言えばひぐらしとは関係なく
いや、ひぐらしのなく頃にが好きだという理由もあるが
一番言いたいのは難しいくて出来ないことをゲームのせいにして逃げるのはカッコよくないと、そういうことなのだ
少なくとも今の新しいゲームで難しいと言えるゲームなんて出会うことが難しい、そこまでは言いすぎかもしれないが
クリアできない理由を技術不足の自分の中に求めることができない人間は成長できない

ビジュアルノベルやRPGなんかの気合を入れないでも出来るゲームや、アクションなんかも昔よりだいぶマイルドになった
それでも挑戦することを忘れずにゲームをプレイしていきたい、猪木の道じゃないけれど

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